福岡高等裁判所 昭和51年(ネ)703号 判決 1980年1月31日
控訴人
伊吹幸隆
右訴訟代理人
松永保彦
同
柴田国義
被控訴人
篠田英悟
右訴訟代理人
阿南主税
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人が破産者昭和重工株式会社に対し、長崎地方裁判所昭和二九年(フ)第四号破産事件における破産債権として、金一二二万三三五五円の報酬債権、金六六六〇円の旅費債権及び金一五〇〇円の貸金債権を有することを確定する。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は次のとおり加えるほか、原判決事実摘示(原判決二枚目―記録一九丁―表七行目から原判決八枚目―記録二五丁―第一一行目までと、原判決添付別表とを含む。)と同一であるから、これを引用する(但し、原判決四枚目―記録二一丁―表二行目「前記川原広義」とあるのを「経理担当の川原広義」と改め、原判決添付別表原告計算欄六〇期の金額欄に「355,370」とあるのを「355,870」と改める。)
一 控訴代理人は、次のように述べた。
1 被控訴人は、昭和四六年四月二日付で破産会社に対し取締役辞任届を提出し、同月六日の同会社取締役会で右届が受理され退任が承認されたから、同年四月から同年六月分までの代表取締役報酬金三九万八五八〇円を請求する権利を失つていた。
2 破産会社は、昭和二五年八月二八日の臨時株主総会で役員報酬総額を一か月五〇万円以内と改定し、爾来これが改正されないうちに、昭和四六年九月一三日再施破産手続がなされた。その間、昭和二七年二月一四日開催の取締役会では役員報酬総額一か月五〇万円のうち代表取締役の一か月の報酬を一〇万円に、昭和三三年一二月八日開催の取締役会では業務担当の取締役を除く役員報酬総額一か月四八万円のうち代表取締役の一か月の報酬を一〇万円に、昭和四三年一二月二八日開催の取締役会では役員報酬総額一か月五四万円のうち代表取締役の一か月の報酬を一〇万円に、昭和四四年七月二七日開催の取締役会では役員報酬総額一か月六九万円のうち代表取締役の一か月の報酬を一五万円にそれぞれする旨の決定がなされた。
被控訴人は、昭和四三年一二月末ころ破産会社の代表取締役に就任し昭和四六年三月一七日「三無事件」で収監されるまで二年二か月余その代表取締役であつたが、その間、商法二五四条、同条の二、二六九条及び民法六四四条にも違反して代表取締役の責務を果たしていない。
右各事情を考慮すると、被控訴人の破産会社代表取締役としての報酬は一か月一〇万円をもつて相当とするから、右金額を超える被控訴人の報酬部分は過払いとして取扱われるべきである。これにより被控訴人の代表取締役報酬過払い額を計算すると、昭和四四年一一月分から昭和四五年四月分まで六か月間の過払い額は一八万七八六〇円、同年五月分から昭和四六年三月分まで一一か月間の過払い額は三六万一四六〇円となり、右過払い額合計は五四万九一四〇円となる。
二 証拠<省略>
理由
一破産者昭和重工株式会社(以下破産会社という。)は、昭和四六年九月一三日、これより先に長崎地方裁判所昭和二九年(フ)第四号破産事件につき成立していた強制和議の取消決定がなされた結果、破産手続が再施されるに至つたこと、被控訴人が昭和四六年一〇月四日破産債権者として給料及び報酬債権三二〇万五三一五円、旅費債権六六〇万円、貸金債権四万一五〇〇円の破産債権の届出をしたところ、破産管財人である控訴人が昭和四七年四月二七日の債権調査期日に右届出債権に対し異議を述べ、これらが債権表に記載されていること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二破産会社が再施破産に至るまでの経緯につき判断する。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 破産会社の前身は造船業を主たる目的とする川南工業株式会社(以下川南工業という。)であつて、同会社代表取締役であつた川南豊作が事実上これを経営していたが、川南工業は、昭和二九年九月七日破産宣告を受けたものの、昭和三三年強制和議の認可を受け、企業活動を再開した。川南工業の再建に関して同会社とその主要取引銀行であつた株式会社富士銀行との間で意見の対立があつたが、高崎達之助によつて示された同工業の再建案、いわゆる「高崎裁定」に従つて、川南豊作は昭和三四年四月同工業代表取締役を辞任し上野外次郎、長広江戸生がその代表取締役に就任した。ところが「高崎裁定」を実施するための再建工作が行き詰つていたところ、昭和三六年春ころ川南豊作や会社幹部がいわゆる「三無事件」に関係していることが発覚し、営業活動に支障を生じたこともあつて、川南工業は、昭和三七年三月二九日商号を現在の昭和重工株式会社に変更した。そのころ塩原時三郎が代表取締役に就任したが、同人は昭和三九年一〇月二七日死亡した。
2 被控訴人は、昭和二一年三月ころ川南工業に入社して以来川南豊作の意を体して活動し、昭和三四年一〇月一六日嘱託に発令されたが、「三無事件」に連座していたため昭和三七年四月三〇日付で退職を命ぜられた。被控訴人は、昭和三九年三月五日破産会社の傍系会社である新日本土地企業株式会社の取締役に就任し、同会社が同月二三日商号を大井川企業株式会社と変更同年四月三日その登記を了したのち、同年五月二八日同会社代表取締役に就任したが、同年九月一八日右代表取締役を辞任し、昭和四〇年六月二五日取締役をも辞任した。
3 破産会社は、同社の中核ともいうべき長崎県西彼杵郡香焼島所在の工場財団の公売を回避することができず、同工場財団は昭和四二年三月ころ三菱重工業株式会社に競落された。被控訴人は、同年四月ころ破産会社東京本社の総務部長となり、昭和四三年一二月同会社代表取締役に就任したが(右就任の点は当事者間に争いがない。)、昭和四六年三月一七日「三無事件」で収監されたので、同年四月二日付で取締役の辞任届を提出し、同月六日の取締役会でその辞任を承認され同年六月二九日代表取締役を退任した(右退任の点は当事者間に争いがない。)。関係者の尽力にもかかわらず、破産会社再建の努力はついに実らず、前叙のように昭和四六年九月一三日破産会社に対し強制和議取消の決定がなされ、破産手続が続行されることとなつた。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する原審における被控訴人の供述部分(第一、二回)は採用することができず他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
三被控訴人は、破産会社に出社しなかつた昭和三九年一二月から昭和四二年三月までの給料のうち一七か月分の給料一三〇万八三二〇円についてこれを支給すべきであるとする取締役会の同意があつたから、破産会社に対し同額の給料債権を有する旨主張するので、この点ににつき前叙二の経緯に照らして判断する。
被控訴人は、原審(第一、二回)において、昭和三九年一二月ころから昭和四二年三月ころまで東京に滞在して「高崎裁定」復活のため対外折衝に当つており、右期間のうち一七か月分の給料の支払いについて昭和四四年四月二〇日の取締役会で承認を受けた旨供述し、<証拠>には右一七か月分の給料未払額として一三〇万八三二〇円が記載されているが、右供述及び記載は採用することができず、他に被控訴人の右主張を認めるに足る証拠はない。かえつて、前叙二2で説示したとおり、被控訴人は、昭和三七年四月三〇日破産会社から退職を命ぜられ、昭和三九年三月破産会社の傍系会社である新日本土地企業株式会社の取締役に就任し、同会社が商号を大井川企業株式会社と変更したのちその取締役から同年五月二八日同会社代表取締役に就任し、同年九月一八日右代表取締役を、昭和四〇年六月二五日その取締役をも辞任していたのであり、また、前叙二1で説示したとおり、昭和三六年春ころ川南豊作や破産会社の幹部が「三無事件」に関係していることが発覚したので、既に「高崎裁定」の復活は望み得べくもなかつたというべきである。そして、<証拠>によると破産会社の経理元帳のうち、被控訴人の未払給料の項には、第六〇期(昭和四三年一一月から昭和四四年四月まで。)末における次期への繰越残高は一六万九四七〇円と記載されているのに、第六一期期首における前期からの継続残高は一四七万七七九〇円と記載され、一三〇万八三二〇円の繰越増となつているところ、この繰越増の原因については何ら具体的な記載がなく第六〇期と第六一期の元帳記載には経理上の連続性が存するかについて疑問が残り、また、右項目に関する補助簿には、昭和四四年四月二八日付で「昭和四〇年一二月から昭和四二年四月まで一七か月分」との摘要の記載がなされたうえで貸方に一三〇万八三二〇円と記入されているが、これについての伝票処理は四月三〇日の日付でなされていることが認められる。
さすれば、被控訴人は、昭和三七年四月三〇日付で破産会社の従業員たる地位を解職され昭和四二年四月ころ総務部長に就任するまでの間に破産会社の従業員たる地位を回復した形跡をうかがうことができないうえ、破産会社の経理元帳のうち被控訴人の未払給料の項に記載された第六〇期末の現在高と第六一期期首の繰越高が一致していないことなどに照らすと、被控訴人主張の一三〇万八三二〇円の給料債権は作為的な経理操作による虚偽のものであるとの疑を拭い得ず被控訴人がこれを取得したことを認めるに足らず、したがつて、破産会社に対し同額の給料債権を有する旨の被控訴人の主張はその余の点につき判断するまでもなく採用することができない。
四被控訴人は、破産会社に対し代表取締役在任中の報酬債権一八四万八八三五円を有する旨主張するので、この点につき判断する。
1 控訴人は、被控訴人が昭和四六年四月二日付で破産会社に対し取締役辞任届を提出し同月六日の取締役会で右辞任が承認されたから、同年六月分までの代表取締役報酬を請求する権利を失つていた旨主張するので、この点について検討する。
前叙二3で説示したとおり、被控訴人は、昭和四三年一二月破産会社代表取締役に就任したが、昭和四六年三月一七日「三無事件」で収監されたので、同年四月二日付で取締役の辞任届を提出し、四月六日の取締役でその辞任を承認され同年六月二九日代表取締役を退任した。そして、<証拠>を総合すると、右四月六日の取締役会で被控訴人を含む取締役全員の辞任が承認されたので、被控訴人は、その後も同年六月代表取締役を退任するまで弁護士の福間豊吉を通じて破産会社の重要事項について指示を与えたりしていたことが認められる。
さすれば、被控訴人は、破産会社に対し退任した同年六月二九日までの代表取締役報酬を請求する権利を有していたというべく、控訴人の右主張は採用することができない。
2 被控訴人の破産会社に対する役員報酬債権が第六〇期に三五万五八七〇円、第六一期に五四万〇九三五円が発生したことは、原判決添付別表の控訴人、被控訴人各計算欄(以下別表計算欄という。)で一致し当事者間に争いがない。
3 破産会社の経理上、被控訴人の破産会社に対する役員報酬債権が第六二期に七〇万五二四〇円、第六三期に七九万七一六〇円、第六四期に昭和四六年四月分を除く六六万四三〇〇円がそれぞれ発生した旨記載されていることは別表各計算欄で一致し当事者間に争いがないところ、控訴人は、破産会社が昭和二五年八月二八日の臨時株主総会で役員報酬総額を一か月五〇万円以内と改定し、それ以降これが改正されていないから、昭和四四年七月二七日開催の破産会社取締役会で役員報酬総額を一か月六九万円、そのうち代表取締役の一か月の報酬を一五万円と決定しても、従来の代表取締役報酬一か月一〇万円を超える部分は無効であると主張するので、この点につき判断する。
<証拠>を総合すると、破産会社の定款においては取締役及び監査役の報酬は株主総会において定めるべきものとされているところ、昭和二五年八月二八日の臨時株主総会で役員報酬総額が一か月五〇万円以内と改定され、それ以降これが改正された形跡がないこと、昭和四四年七月二七日開催の破産会社取締役会で昭和四五年一月以降役員報酬総額を一か月六九万円、そのうち代表取締役の一か月の報酬を従来の一〇万円から一五万円に増額する旨の決定をしたことが認められる。
ところで、株主総会の決議をもつて役員全体の報酬額の最高限度額を定め、具体的な分配方法と各取締役等の支給額の決定を取締役会に一任することは許されるけれども、取締役会において各取締役等の報酬支給額を決定をしたところ、その支給決定総額が右の役員全体の報酬最高限度額を超えたときは、その超過部分は無効であつて、各取締役等の報酬支給決定額は、特段の事情がない限りその支給決定総額の報酬最高限度額に対する比率に従つて減額されるべきであると解するのが相当である。そして、本件においては特段の事情が存したことを認めることはできないから、被控訴人の破産会社代表取締役としての昭和四五年一月以降の一か月の報酬額を右比率に従つて算定すると、一〇万八六〇〇円となる。
したがつて、被控訴人の破産会社に対する役員報酬債権は第六二期に六三万四四〇〇円、第六三期、第六四期に各六五万一六〇〇円、昭和四六年五月分、同六月分として各一〇万八六〇〇円がそれぞれ発生していたというべきである。
五被控訴人が破産会社に勤務していた期間に同会社の業務執行に当つて六六六〇円の旅費を支出したことは当事者間に争いがない。
六被控訴人は、第六三期に四万円、第六四期に一五〇〇円を破産会社に対し貸与したと主張するので、この点につき判断する。
<証拠>によると、被控訴人を含めた数人の者が第六三期(昭和四五年五月から同年一〇月まで)に破産会社に対して四万円を貸与したことが認められるけれども貸付者の数や被控訴人が貸与した額についてこれを認めるに足る証拠がないから、右四万円の請求について認容できる限度を特定することができないので、同請求は結局失当である。
次に、<証拠>によると、被控訴人が昭和四六年三月一日破産会社に対し一五〇〇円を貸与したことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
七控訴人は、被控訴人の代表取締役報酬の一部が支払いずみであると主張するので、この点につき判断する。
被控訴人が役員報酬として第六〇期に一八万六四〇〇円、第六一期に二九万九二五〇円、第六二期に三三万六六一〇円、第六三期に二八万〇九九〇円、第六四期に三一万円、第六五期に二〇万円の各支払いを受けたことは、別表各計算欄で一致し当事者間に争いがないから、右各支払額を前叙四2、3説示の被控訴人の各期の代表取締役報酬債権額から控除すべきである。すると、被控訴人の未払代表取締役報酬債権額は、第六〇期が一六万九四七〇円、第六一期が二四万一六八五円、第六二期が二九万七七九〇円、第六三期が三七万〇六一〇円、第六四期が三四万一六〇〇円、第六五期(昭和四六年五月分、六月分)が一万七二〇〇円で合計一四三万八三五五円となる。
なお、<証拠>によれば、第六〇期においては、当事者間に争いがない一八万六四〇〇円のほかに控訴人主張額の一七万六二四〇円が被控訴人に支払われたことが認められるけれども、同期においては当事者間に争いがない報酬債権三五万五八七〇円のほかにも本件請求に関係のない被控訴人の有する債権として一四万八一六二円と五万一六八〇円の二口があつたことは控訴人の自認するところであり、<証拠>によると、右支払分一七万六二四〇円の一部は右一四万八一六二円の支払いに充てられたことが認められる。これに対し、右支払分の残額三万八〇七八円の支払いが右<証拠>に記載されていないことからすると、右残高は本件請求にかかる報酬債権以外の債務に対し支払われたものと推認される。したがつて、前叙一七万六二四〇円の支払いは第六〇期の未払報酬債権額から控除されるべきではない。
八控訴人が昭和四八年一一月九日の原審第六回口頭弁論期日において被控訴人に対し、被控訴人の破産会社に対する前叙未払報酬債権、旅費及び貸付債権と破産会社が被控訴人に対し有すると主張する七六万二一七三円の不当利得返還請求権、二一万五〇〇〇円の仮払金債権及び五万一六八〇円の預託金債権とを右の順序に従い順次対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
そこで、控訴人主張の自働債権の有無につき順次判断する。
1 不当利得返還請求権の有無について。
(一) 控訴人は、破産会社が第五八期において四三万六六六〇円、第五九期において四九万一〇五〇円を被控訴人に対し報酬として支払う理由がないのに、これを支払つた旨主張するので、この点につき検討する。
<証拠>を総合すると、被控訴人が破産会社から第五八期に五六万七九〇五円、第五九期に四九万一〇五〇円を給料として支払いを受けたことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そして、前叙二3で説示したとおり、被控訴人は、この時期に破産会社東京本社で総務部長として勤務していたのであり、右<証拠>によると、第五八、第五九期の各未払費用給料元帳は被控訴人だけの分として給料債権の発生を記帳したのではなく他の者の分と合わせて貸方に記帳する方法をとつていたため被控訴人の分の発生が明示されていないに止まることが認められ、また、右<証拠>によれば、第五七期における被控訴人の給料債権発生額は四六万九〇二〇円であると認められることからすると、第五八、第五九期においても少なくとも第五七期と同額の給料債権が発生したと推認できる。さすれば、控訴人の右主張は採用することができない。
(二) 控訴人は、被控訴人において前叙三で説示のように給料一三〇万八三二〇円の支払いを受けることができないのに受領する権限があると偽つて昭和四四年一一月ころこれが交付を受けた旨主張するので、検討する。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 破産会社は、長崎県西彼杵郡香焼町に五号及び六号埋立地と称せられる土地を所有していたが、破産会社の経営が強制和議成立後再び悪化したため、右土地は昭和四四年六月二五日ころ債権者の申立てによつて競売に付され、その結果、執行費用を控除して一億〇八〇七万円の売得金を生じた。同売得金の配分につき、同年九月二六日被控訴人を含む破産会社役員の重立つた者と右競売に配当加入した大口債権者等の代表者的地位にある者との間で、右大口債権者等が同売得金から受ける配当金のうちより全員同比率で総額二二五〇万円を拠出し、これを破産会社の運転資金及び会社役員の未払報酬等に充てるため、同会社に支払う旨の合意がなされた。
(2) 破産会社は、右合意に基づき同年一一月八日長崎市内の株式会社十八銀行本店で右大口債権者等の代表者的立場にある者から二二五〇万円の配分を受けたが、同配分金のうち一〇八万八〇〇〇円は木崎為之に対し未払役員報酬として支払われ、被控訴人に対しては一〇万円が支払われた。その残金一八八一万二〇〇〇円については、当時破産会社代表取締役であつた被控訴人において一般債権者の追及を避けるため一旦東京都内の株式会社協和銀行茅場町支店に設けた架空人名義の預金口座に入金した。
(3) その後、右預金は取り崩され、未払報酬債権を有する他の役員らに一〇万円ないし二〇万円ずつ支払われたほか、当時差し迫つていた破産会社の手形決済資金や会社経費に充てられ、全額が費消された。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
さすれば、被控訴人主張のように破産会社に入金された一八八一万二〇〇〇円のうちから未払給料として一三〇万八三二〇円を受領したと認めることができず、右主張を認めるに足る証拠はない。そして、右認定事実からすると、被控訴人が受領した前叙一〇万円は出張旅費等として支払われたと推認するのが相当である。
2 仮払金債権について。
<証拠>によれば、被控訴人は、第六四期末までに破産会社から二一万五〇〇〇円の仮払いを受けたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
3 預託金債権について。
控訴人は、破産会社が被控訴人に対し第六五期に五万一六八〇円を預託した旨主張するけれども、右主張を認めるに足る証拠はない。かえつて、前顕乙第七号証の三(破産会社六〇期未払費用給料元帳)によれば、同乙号証の貸方欄の五万一六八〇円に対応する摘要欄には「篠田英悟同上未払追加ニ対スル源泉所得税」とあり、その下に括孤書きで「預リ金ニツキ次期訂正」と訂正されているところ、<証拠>によつて明らかな破産会社における帳簿記載の方法に照らすと、右の五万一六八〇円は破産会社が被控訴人から預つた金員の趣旨に解するのが相当である。
4 したがつて、控訴人のなした前叙相殺の意思表示により、被控訴人の前叙未払報酬債権一四三万八三五五円と破産会社が被控訴人に対して有する前叙仮払金債権二一万五〇〇〇円とはその対当額で消滅したというべきである。
九してみると、被控訴人が現在破産会社に対して有する債権は未払報酬債権一二二万三三五五円、未払旅費債権六六六〇円、貸金債権一五〇〇円となるから、被控訴人の本件請求は、控訴人との間で右に説示した各債権の確定を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
一〇よつて、以上と結論を異する原判決を民訴法三八四条、三八六条に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)